平野屋新田会所とは

現在の大東市の原型は、平地の大部分が陸地となった1704年の大和川の付け替えにより形成されたといえます。

新田会所は所有者が新田の管理等を行う出先機関として現地に設置したもので、平野屋新田会所は、平成20年まで江戸時代の建物群が残されていました。これらは残念ながら諸事情により取り壊され、現在は米蔵、道具蔵、船着場石段跡しか残されていませんが、大東市の歴史を語るうえで重要な遺構の1つです。 

 

ありし日の平野屋新田会所 

ありし日の平野屋新田会所

 

大阪府下の新田会所跡

 

更新日:2015年11月10日